のぞみの広場

たこ焼きが考えさせてくれたこと

No.136
希学園 国語科 井上 公美

 この夏、受験生の皆さんはどこにも行かずに勉学に勤しんだことと思います。受験生ではない皆さんも、それなりに勉学に勤しん……だことでしょう(と信じます!)。ちなみに、涼しい快適な室内で机に向かうことだけが勉学ではありません。外に出て、普段は行かないところへ行き、種々の体験を積むことも勉学です。ただし、どうしても受験生の皆さんは机に向かう勉学の比重が大きいし重要ですね。それもまた、長い人生の中で見れば種々の体験のひとつです。

 

 さて、この夏、私は久しぶりに関西に帰省しました。娘がふたりいますので、家族4人での帰省です。……と書きながら、なんだか皆さんの声が聞こえるようです。「先生は結婚していますか?」「子どもはいますか?」、と。新しいクラスを担当すると、よく受ける質問です。いや~、私が結婚していてもいなくても、子どもがいてもいなくても、皆さんの勉学には何も影響がないじゃないか! いいから復テの勉強をしろ~!! とも思うのですが、そうじゃないですよね。きっと皆さんは「イノウエがどんな人間か」、いろいろ情報が欲しいんですよね。その気持ちはちょっとわかりますし、興味を持ってもらえるのは嬉しいです。嬉しいので情報を追加すると、私はアクセサリーを着けることが苦手です。「結婚していますか?」「しているよ」のやり取りの後によく、「先生は指輪をしていないじゃないか」というツッコミが入ります。アクセサリーが苦手だからと理由を説明すると、鳩が豆鉄砲を食ったような顔になり、頭の中で「え、そんな人いるの?」とやや混乱した様子になりますが、そうなんです。人を記号やカテゴリで判断すると見誤りますよ~、という話ですが、ちょっと帰省の話から逸れてしまいました。戻りましょう。

 

 さて、家族4人で帰省しました。私にとって関西はホームタウンで落ち着く場所ですが、東京で育った我が娘たちは新大阪駅に降りたときから何やら落ち着きをなくしてしまいます。なんと「関西人が怖い」「だって関西弁が怖い」とのこと。関西人である母はびっくりです。社会人になってから長く東京にいるので、標準語が混じり中途半端なバイリンガルになっていますが、当然私はもともとは関西弁話者です。ここでひとまとめに「関西弁」としてしまうと、兵庫と大阪と京都と滋賀と奈良と和歌山と、実はことばがいろいろと異なるので異論が出かねないのですが、二度も脱線するわけにもいかないので深堀りするのはやめておきます。

 新大阪駅で関西弁にまみれてびびり、ローカル電車に乗っていると周りがみんな怖い人に見えるという娘たちに「何を大げさな……」とため息をつきたくなる母でしたが、とある日、大阪梅田の阪神百貨店での出来事です。

 地下の生鮮食品売り場を歩いていると、雷のような怒鳴り声が聞こえてきました。驚いて振り向くと、野菜売り場のおじさんがお客を呼び込む声。「いやいや、東京のデパートの地下食品売り場だったらこんな声、あり得ないよなぁ」と思いながらデパ地下をうろうろしていると、今度はフードコートでたこ焼き屋の列に並んでいるおじさんが、たこ焼きを焼くお姉さんに向かって「はよ、せんか~い!!」と。これは皆さんにわかりやすい言葉にすると「早くしろよ!!」です。なんと乱暴な物言い。でも、だからと言っておじさんが警備員さんに注意されるわけでもないし、たこ焼き売りのお姉さんと「はよせんかい」おじさんは事もなくたこ焼きのやり取りをしている。そう、つまり、野菜のおじさんの呼び声も、たこ焼きおじさんの物言いも、「ごく当たり前のこと」で「通常のコミュニケーション」だったのです。東京に長くいることで、すっかりその感覚を忘れてしまっていました。「関西人=関西弁=怖い」という娘たちほど安易なカテゴライズではないですが、私自身も「強い声=怖い」という思い込みをいつの間にか備えてしまったようです。強い声で怖いこともある、強い声だけれども温かみのあることもある、その時その場でなければ感じることのできないものもある、そんなことをぼんやりと考えることのできた帰省でした。

 

 言うまでもないことですが、「関西人=関西弁=怖い」という等式は成立しません。皆さんの周囲にいる標準語話者の中に強い人も弱い人も優しい人も怖い人も、いろんな人がいるのと同じことです。関西は、いいところですよ。関西だけではなく、いろんなところにいろんないい人がいて、その出会いはきっと皆さんの人生を豊かにしてくれます。人は、変わり得るものです。私が東京に来て変わったように、そして帰省して感覚を思い出してまた少し変わったように。日本や世界のいろんなところでいろんな体験をして、能動的に人生を創っていってもらいたいなぁと思います。

 でも私は関西出身なので、最後にもう一度推させてください。是非一度関西で、強く優しく温かい言葉に触れてみてくださいね、いいところですよ!

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