2月。日本列島は長引く寒波に覆われていた。明日、2月24日月曜日はちょうど定休日。天気予報によると京都の降雪確率は40%。ふと「一度は見たい雪の金閣」という言葉が頭をよぎる。京都の人は雪が降ると金閣に足を運ぶらしい――本当かどうかは分からないが、そんな噂を聞いたことがある。迷わず新幹線のチケットを予約した。
翌朝、東海道新幹線の始発「のぞみ1号」博多行き(N700系)で6時ちょうどに東京駅を発つ。目的地の京都まではおよそ2時間8分。外はまだ夜の名残が濃く、窓の向こうは真っ暗だ。眠気をこらえつつ、金閣のライブ映像をスマホで確認してみるが、画面はほとんど映らず、雪の気配は分からない。とりあえずアラームを8時にセットし、シートを少し倒してまどろむことにした。
アラームが鳴る前、ふと目が覚めて窓の外を見ると、なんと雪が吹きつけている。視界いっぱいの雪に胸が高鳴る。「これはもしや金閣も雪化粧か」と期待が膨らむ。ところが滋賀県から京都府に入る東山トンネルを抜けた途端、空模様は一変し、雲ひとつない晴天。胸に灯った希望はあっけなくしぼんでしまった。8時8分、定刻どおり京都駅に到着。駅前の空は澄み渡り、雪の気配など微塵もない。念のため金閣のライブ映像を確認するが、やはり晴れている。まあ、そうだろう。今回は空振りということか。
気を取り直し、駅地下で朝食をとることにした。湯気の立つうどんをすすり、食後にはカフェでコーヒーとケーキ。観光の目当てが外れても、こうして優雅に朝を過ごすだけで日常の慌ただしさから解放され、心が洗われるようだ。さて今日の予定をどうしようかと考える。京都に来れば必ず何かしら楽しめる。しかし、古都京都の文化財として世界遺産に登録されている17の施設――賀茂別雷神社、賀茂御祖神社、東寺、清水寺、延暦寺、醍醐寺、仁和寺、平等院、宇治上神社、高台寺、西芳寺、天龍寺、鹿苑寺、慈照寺、龍安寺、西本願寺、二条城――はすでにすべて訪問済み。しかも一度ではなく何度も。いまさら「定番」では物足りない。新しい発見を探しながら駅の地下街を歩いていると、壁のポスターが目に留まった。「真説坂本龍馬展」。会場は京都佛立ミュージアム、北野天満宮の近くらしい。検索してみるとアクセスも悪くない。午前中は龍馬展を訪ね、午後はそのあとで決めればいい。そう心を決めた。
ところが、地上から地下街に降りてきた人のコートに雪が付いているのを見て驚く。まさかと思い外に出ると、なんと雪が舞っていた。すぐに金閣のライブ映像を確認すると、積雪こそないが確かに雪が降っている。こうなれば予定を変更するしかない。龍馬展は後回し、雪の金閣を目指すことにした。
京都駅からバスに乗り込む。雪道をタイヤが踏む音、フロントガラスにぶつかる雪片のリズム、すれ違う車のボンネットやルーフに積もった雪。その一つひとつが期待を膨らませる。「金閣寺道」で下車すると、雪は傘をさすほどに降りしきり、足元も滑らないよう注意が必要だった。
そしてついに、金閣とご対面。目の前に広がる光景はまさに奇跡だった。ほんの70分のバス移動の間に、金閣はすっかり雪化粧を済ませていたのだ。湖面に映る姿も一層冴え、白と金のコントラストが息を呑むほど美しい。金閣は誰が撮っても絵はがきのように映る稀有な被写体だが、雪化粧を施されたその姿は格別。周囲の喧噪を忘れ、ただただ立ち尽くすしかなかった。
計画していたことが、必ず思っていたようにいくとは限らない。しかし、予想外の出来事が旅の面白さを教えてくれる。雪に包まれた金閣は、まさにそんな贈り物だった。だからこそ、旅は心にずっと残るのだ。 ~fin~
……ときれいに終わらせたかったけれど最後に。
なぜいま2月の旅行の話を……? とお考えのそこのあなた。そうですね、そう思って当然だと思います。自分でも不思議です。種明かしをしましょう。この夏、あまりにも暑かったので、涼しさを皆様にお届けしたかったのです。ところがこの原稿を提出した翌日から秋めいた空気になるとの予報。なんという大誤算。まぁそんなもんです。思惑通りにいかないことこそ人生という旅の醍醐味ですよ。